「母親」より まず「Runner」

子どもに依存し「子どもの為に生きる」事で苦しみ悩んだ末、「自分を生きる」と決めた。私はRunner。ランナーとして「母親の役目」を果たす為に学んだ事をブログに記す。

【自己紹介】母親より まずRunner -のの-

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ようこそ-のの-ブログへ(*^^*) 

このブログの概要を、読んで下さる皆さんに知ってもらう為、自己紹介をします。

■ブログの概要 

  1. 自分を確立させる為に必要なランニング。その良さ(効果)を学び体感し1人でも多くの人に伝えたい。勧めたい。【ランニング】
  2. 母親という立場に囚われず、子どもとの良い関係を構築していく為、子育て中に考えた事、悩んだ事をアウトプットし「自分の中の母親の在り方」を見つける。【アウトプット】
  3. 「食事を作る」負担を軽減する為、ローテンション献立MEMOを残す。【ローテーション献立】
  4. 40代にしてやっと目覚めた「読書」をブログを通してアウトプットし深読する。【アウトプット】

■ -のの-って誰?

私は、とにかくランニングが大好きな、42歳、3児の母、ののといます。

2ヶ月前、故障(腸脛靭帯炎(ランナー膝)をしたことをきっかけに、基本的なランニングやトレーニングを始めました。 

ランニング以外の趣味は、読書。

そのほか、オンラインサロンやSNSでいろんな人と関わりながら得た知識や感情を、ブログやSNSでアウトプットすることがとても楽しいです。

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私が幼い頃から今までどんなふうに生きてきたのかをお話したいと思います。 

■幼い頃〜社会人までの自分

私は、父親の存在を知りません。

また、小学6年生の時に母親を白血病で亡くしました。

 

下には弟と妹がいたので、私はそれから「お姉ちゃんだから、◯◯〜」という立場を貫くようになりました。

 

例えば、

お姉ちゃんだから、いい子にする。

お姉ちゃんだから、しっかりしていて当たり前。

 

そんなふうに振る舞うことに疑問はありませんでした。

 

もちろん、思春期の頃には、反発心や憤りを感じる時もあり、タバコや脱走とか一通りの悪さもやりました。

しかし、その一方で「お姉ちゃんだから」勉強もそれなりにして「優等生」もこなしていたのです。

 

そんな私でしたが、中学・高校の友だちに恵まれ、楽しい学校生活を送ることができたおかげで、人が好きです。

この価値観は、今も変わっていません。

 

「母親を亡くしてから私が出会ってきた人は、母が生きていれば出会わなかったかもしれない」

 

そう思うと、幼くして母を亡くしたことを後ろ向きには考えませんでした。

社会人になっても人間関係には苦労しませんでしたが、「両親がいる家庭で育った人」と「家庭団欒を知らない自分」の差に違和感を抱いていました。

 

■違和感を払拭した主人との出会い

そんなふうに思っていた時、主人に出会いました。

両親のいる家庭で育った主人でしたが、それまで苦労して育ってきたことを知りました。

主人は経済的に苦労していました。正確には主人の両親は苦労して必死に子どもを育てていました。

 

人は皆、それぞれ形は違うけど、困難を乗り越えて生きているんだ…。

主人と出会えたことで、私がそれまで抱いていた違和感は払拭されたのです。

 

「私に家庭が築けるのかな…」と不安になったこともありましたが、主人と結婚し、子どもを授かりました。

母になってみてわかりましたが、子どもの存在は、想像よりはるかに大きく、

 

「お母さんだから、私はこの子達の為に生きる」

そう思いながら日々子どもの世話に奮闘していました。

 

■自分の命と向き合う

30歳の時、「皮膚がん」に。

有り難いことに抗がん剤は使わず、摘出手術だけですみました。

 

この時、自分の命と向き合い、母がどんな気持ちで逝ったのかを考えました。

若くして子を残して亡くなった母の無念を思いながら、私のこの命は母ができなかった事を全うする為にあるのだと心に誓いました。

 

それからしばらくして、今大好きなランニングと出会います。

一番の目的はダイエットでしたが、ロンドンオリンピックで内村航平選手が金メダルを獲得したことに感動し、「私も4年後、何か変わっていたい!」と思い、フルマラソンを目指すようになりました。

日々の小さなストレス解消と、どんどん縮まる自己ベストタイムのおかげでランに夢中になっていったのです。

 

■子育てに苦悩した日々

そんな毎日が3、4年続き、子ども達がどんどん大きくなっていきました。

気がつけば長女は自分が母親を亡くした歳になったのです。

 

その頃から自分に異変が起こり、子どもに対して次のように思い始めたのです。

 

私より「幸せな生活をして欲しい」

私より「お金に不自由しない生活をしてほしい」

「それなりに勉強して、大学に入って、たくさんお金をもらえる仕事について幸せになってほしい…そのためにもっと勉強して欲しい」

「意欲的に生活してほしい」

 

これらのことを長女に求めました。

長女の幸せの為に勉強をさせたかったのです。

 

でも、それは伝わりません。

伝わらない苛立ちが、日々の生活の中にも広がっていきます。

 

あなた達の為に、働いて、御飯作って洗濯して部屋を整えてるのにどうして答えてくれないの?

ご飯を当たり前のように食べて、洗濯機に放り込めばキレイになって戻ってくるでしょう?

出したもの使いっぱなしの物も元に戻してあるでしょう?

 

これ以上、どうすれば言うことを聞いてくれるの?

私の言うことを聞いてくれれば、あなたたちは幸せになれるのに!!

 

泣き叫び、発狂して自分の殻に閉じこもりました。

私は小さい頃、自分の事は自分でちゃんとやっていましたし、大人の言うことも聞いていたし、いい子でいればそれなりに幸せな生活を入れられたのです。

私のように頑張れば、きっと未来は幸せになれる…。

 

■大嫌いな自分

そう思う一方で、そんな自分が大嫌いでした。

吐き気がするほど嫌いでした。

 

どうして自分はこんな理不尽な事を言ってしまうんだろう?

そんなふうに思ってしまうんだろう?

 

「幸せ」が何かなんて自分でも分からないのに。

 

長女が自分の思い通りの幸せになったら、本当に満足なの?

「幸せ」ってなんなの?

自分は幸せなの?

「お金」ってなんなの?

「お金」で幸せになれるの?

そんな出口の見えないトンネルの中にいる感覚でしたが、ただ「走る」事だけでその場の不安や悲しみや怒り、もどかしさを紛らわせていたのです。

 

▪️出口の見えないトンネルから抜け出たきっかけは1冊の絵本

そんな時、お笑い芸人であり絵本作家のキングコング西野さんの絵本「えんとつ町のプペル」に出会いました。

「こんな素敵な絵本を描く人ってどんな人なんだろう?」と、この絵本をきっかけに西野さんを知りました。

 

この直後に「革命のファンファーレ」が発売されたのですぐに購入して読んだ時、私の中でファンファーレが鳴ったのです。

それまでの私の価値観が180度反転。

 

「お金」は「信用」

 

その意味を知った事で自分の世界が変わったのです。

それから西野さんを知れば知るほど、今までの自分の価値観が、いかに浅はかだったことを理解しました。

 

■自分を振り返る

そして、自分のことを振り返りました。

以前、ネットでみた「アダルトチルドレン」の

ケア・テイカー(世話役):親や周囲の面倒を見てきたタイプ

外面 - 優しい子、思いやりのある子、聞き上手

内面 - 自信のなさ、責められてると感じやすい 、正当な欲求を押し殺す

言動 - 周囲の役に立つように頑張る、困っている人を放っておけない

弱点 - 自分がない、一線を引けない、依存されることを追い求める

長所 - 努力家、責任感、道徳感に秀でる、世話見がよい

 

これらの特徴が自分に当てはまる事ことに気がつきました。

いえ、気づいてはいたけど、さほど問題には思っていませんでした。

 

自分を改めて振り返った時、自分が「承認欲求のかたまり」だと確信。

 

「お姉ちゃんだから」という立場に依存して承認される事に心の安心を求めていたのかもしれません。

常に承認されているという状態でなければ、心が乱れていたのです。

 

それが母となり、「お姉ちゃんだから」が「お母さんだから」に変わっていました。

 

私は承認されたいが為に「良いお姉ちゃん」「良い人」「良いお母さん」でありたかった。

「良いお母さん」になれば私の承認欲求が満たされる…。

その為に子どもを支配したかったのです。自分の不幸を娘に押し付けていた。

なんて恐ろしいことでしょうか。

 

私は、 「毒親」だったのです。

 

もちろん、人間ですから承認欲求は誰にでもあるもの。

でも、その欲求を満たすための行いは、承認される側もする側も限界があります。

 

大事なのは、自分で自分を認め、承認欲求を満たすこと。

自己肯定感を高めていくことです。

 

「どうすれば自分の承認欲求を満たすことができるんだろう?」と考えました。

私が最終的に出した答えは、「個」になること。

 

「良いお姉ちゃん」でもない「良い人」でもない「良いお母さん」でもない。亡くした母の為でもなく、ただの「自分/個人」です。

 

「個」になるためには、自分軸を持つこと。

「自分が好きなことをする。自分が没頭できること」をするのです。

長い時間がかかりましたが、やっとこの答えに辿りつきました。

 

■最後に

私は今、ランニングが大好きですが、人と関わりながら知識を得ることも好きです。

それに、知識と感情をアウトプットすることに没頭している時も、とても楽しいです。

 

今、この成熟した日本社会では、自分自身のことや、その考えをアウトプットすることが重要だといたるところで言われています。

自分の子どもも好きな事で生きていく道を選ぶ時には、アウトプットすることが必要不可欠となるでしょう。

 

子どもと「個」として同じラインに立っていたい。

それに、私も得た知識や、自分の感情をこのブログでアウトプットしながら楽しんでいきたいと考えています。

  

「母」として「親」として日々の生活で苦しんでる人や悩んでる人は私以外にもいるはず。

逆もあります。「子ども」という立場から、私と形は違うけど、自分に自信をなくし、どうしていいか分からず悲しんでいる人。

特に「母」や「親」「子ども」という立場に縛られて、辛い想いをしている人に「自分を生きる」という選択肢があることを伝えたい。

 

「自分を生きる」

「好きなことをして生きる」

 

「母親の自分」ではなくて、「自分の中の母親」と視点を変える事で毎日の生活に変化が生まれます。

新しい「母親」としての個々の在り方も、この新しい時代に生まれる事を願っています。

 

自分を大切にして下さい。あなたのとなりに人がいます。忘れないで。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

ご縁があってこのブログに辿りついた方の100人に1人でも、誰かが元気になってくれたら嬉しいです。

補足↓ 今の私です。

www.nono-no-blog.com

 自己紹介を終えて↓

www.nono-no-blog.com    

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